最終日、夜九時発の北京行寝台券がとれたので、一日たっぷり使えることになり、バスで新彊自治区博物館へ出かけた。
ここは「シルクロードの博物館」とも呼ばれ、トルコブルーの丸屋根が印象的だ。入場料二人分八元を払って、人けのない館内をまず三階へ。
三階のほぼ半分を占める広い部屋には、二十体を越すミイラを安置してある。ミイラには大分慣れたが、こう囲まれると些か気味が悪い。ガラスケースの脇にそれぞれの発見場所、年代、推定年令、中には死因まで記入したプレートがおいてある。
胸をつかれたのは親子のミイラで、母は子の方に顔を向け、慟哭しているかに見えた。しかしミイラには話しかけないのが礼儀だろう。目を覚ましたら、晒されている辛さに耐え切れないだろうから。
別室には、泥俑、織物、古文書など、古代シルクロードを彷彿させる文物がよくぞここまでと思えるほど多様に並び、餃子、雲呑、月餅、クッキーに至っては、レンジでチンとやったら食べられそうにリアルだ。
千年という時の間を行ったり来たりしているうち、人間は歳月とともに進化するのか退化するのかわからなくなった。
ホテルのチェックアウトを五時まで延長してあったが、それでも出発には早すぎるので、荷物をまとめてロビーで待つことにした。
六時になると、ここに投宿しているロシアの商人たちが、仕入れた荷物を担いで帰ってくる。ときどきエレベーターに乗り合わせて顔なじみになった毛むくじゃらの一人が、こちらへ大げさに手を振り、別れを惜しんでくれた。
さてようやく八時、腰を上げる時間だ。二十日間いっしょだったK君は、別のルートで帰るので、ここでお別れ。実際彼の助けがなかったら、この中国辺境での個人旅行は覚束なかっただろう。若いのに頭痛もちの彼は、よく外出をパスして部屋で寝ていたが、肝心な所はきちんと押えて、ぬかりがなかった。
頼もしい同行者だった彼に厚くお礼を言って再会を約し、私たちは長江大路を、タクシーでウルムチ駅へ向かった。
ふりかえって見ると、古代シルクロードがもたらした文明が、臨界に達した感のある今の社会の中で、すっかり脆弱になってしまった私の、自然環境への適応力が試されたような、今回の旅だった。そして、それがごく自然にクリア出来たことが、何だかうれしい。
完
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| シルクロード博物館 |
ウルムチから北京へ向かう。車窓から |
相客と寝台車の中で |
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