得する話
2008/12

ダボハゼは餌をえらばず何でも食いつきます。
ここでも何でも取り上げます。

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平作地蔵  沼津レポート45

 「平作茶屋とヌートリヤ」連想ゲームめくけれど、小さい頃に刷り込まれたこのイメージは今も消えない。日枝神社の北東側に昔からあった平作茶屋には、大きな池があり、戦時中、そこでヌートリヤを沢山飼っていた。毛皮を兵士の防寒衣に使う為だったらしい。脱走したヌートリヤが五小脇のドブ川にいて、友達と追い回した思い出もある。
 「平作茶屋」が伊賀越道中双六の七幕目、「沼津平作住家の場」に由来すると知ったのは、ずっと後になってからだ。
 浄瑠璃、歌舞伎の世界は高嶺の花と敬遠してきたけれど、せめて台本くらい読んでみようかと一念発起した。
 その前に伊賀越道中双六のモデルとなった史実をお習(さら)いしておこう。岡山藩士渡辺数馬は弟渡辺源太夫を喧嘩で河合又五郎に殺される。当時、年上の人間が年下の仇を討つことは許されなかった。河合又五郎は、旗本安藤次右衛門に庇護をもとめ逃げこむ。弟は岡山藩主池田忠雄公の寵愛の小姓だったので大名と旗本の争いになった。藩主は亡くなるとき己の墓に河合又五郎の首を供えよ、と遺言を残したので渡辺数馬の苦難が始まる。
 そして紆余曲折の末、遂に寛永11年(1634)伊賀上野、鍵屋の辻で又五郎一行を待伏せ、義兄荒木又右衛門の助太刀を得て仇討ち本懐を遂げた。これは「忠臣蔵」「曽我兄弟」と並んで日本三大仇討と言われている。この史実に脚色を加え義大夫節に仕立てたのは戯作者近松半二だ。彼は複雑な筋立てが持ち味と言われるだけに、なるほど読んでみると因果関係がややこしい。
 「沼津平作」一幕だけの筋をかいつまむには、括弧書きの助けが必要だ。
 『一人沼津の宿に入った重兵衛(河合又五郎に仕える呉服商)は雲助の平作に荷を背負わせた。ところが一丁も行かない中に平作が転んで足の爪を剥がしてしまう。重兵衛は懐中から秘薬を取り出し塗ってやると痛みがたちまち消えた。恐縮した平作は重兵衛を自分のあばら家にともない、娘、お米(もと遊女瀬川で渡辺数馬の妻) にお茶の接待をさせる。お米の美しさに魅かれた重兵衛はここに一泊することにした。
 食事どき、借金取りが次々に現れ、お米の着ている着物から古畳まで剥がそうとする騒ぎ。見かねた重兵衛は、今夜の宿賃だと言って、すべて肩代わりしてやった。平身低頭の平作に重兵衛は、お米を嫁にくれと頼むが、お米は夫のある身と聞かされて諦めた。一方、お米は手傷を負って苦しんでいる夫、和田志津摩(渡辺数馬)のために、あの秘薬を手に入れようと、寝静まってから、重兵衛の印籠を探るが、取り押さえられる。盗もうとした訳を問いただす重兵衛に、お米はめんめんと理由を話した。横から平作も二歳で江戸へ養子にやった息子への思いや、先立った妻とよ、のことなどを語る。聞いている中に重兵衛は、平作が実の父であり、お米は妹であること、主君と仰ぐ沢井股五郎(河合又五郎)はお米の夫志津摩の仇敵であることを悟った。
 股五郎は志津馬を騙して名刀を手に入れ、更に志津馬の父行家を殺害、重兵衛の手引きで九州相良へ逃避行中だ。そこで重兵衛はある頼み事を口実に、30両を平作に預け、例の印籠と自分の生い立ちを書いた書状を布団の下に置いて、夜明けを待たずに出立して行った。しばらくして床を畳んだ平作はその書状から重兵衛が実子平三だったと知り、お米は印籠の紋から沢井股五郎のものだと気づく。二人は急いで重兵衛の後を追った。千本松原で追いついた平作は、重兵衛の前にひれ伏しあの印籠の持ち主の行方を教えてくれと懇願した。“血筋と義理の道分石”板ばさみになった重兵衛が茫然としていると、平作は重兵衛の脇差を抜き取り、自分の腹に突き立てた。そして切々と訴えるのだ。
 「この親父が未耒の土産に、敵のありかを聞かして下され、外に聞くものは誰もない。今死ぬる者に遠慮はあるまい」
 意を決した重兵衛は、稲むらの陰にひそんでいるお米にも届くよう、大声で答えた。
 「この重兵衛から云うは、死んで行くこなさんへの餞別。臨終の耳によく聞かっしゃれや。沢井股五郎が落ち行く先は九州相良、道中筋は三州の吉田で逢ひしと人の噂」平作は息子重兵衛が、股五郎へ申し開きが立つように、そして娘お米の想いも適うように自分の命を投げ出したのだ。』
 「沼津平作」はこの悲痛な場面で幕が下りる。平作の親心に感じた後の人達が、平作ゆかりの東海道端、今の平町の黒瀬橋北袂近く狩野川沿いに地蔵を祀り、延命子育て地蔵、平作地蔵と呼んで、今も7月30日には賑やかに縁日が催されている。又、平作茶屋のあった辺りは、高台の閑静な住宅地になっている。   
                                                (平成18年4月撮影) 





往時の平作茶屋 沼津明治史料館提供 歌川広重作 沼津・黄昏図 平作地蔵
福尾昭子記

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